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【レポート】貧困脱却に向けて ~金融包摂の促進とICMIF戦略、アジアにおける保険戦略事例~

貧困脱却に向けて 

~金融包摂の促進とICMIF戦略、アジアにおける保険戦略事例~

一般社団法人JC総研 研究誌『にじ』(2018 春号 №663) への寄稿文ご紹介

AOA事務局長
古和田 博子

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1. はじめに

HIROKO現在、私はICMIF(International Cooperative and Mutual Insurance Federation:国際協同組合保険連合)のアジア・オセアニア協会(Asia and Oceania Association)の事務局長を務めて約2年になる。ICMIFとは、ICA(International Co-operative Alliance:国際協同組合同盟)の保険専門機関で、世界の協同組合/相互扶助による保険組織を代表する唯一の国際的連合体である。ICMIF事務局はイギリス(マンチェスター)にあり、アメリカ、ヨーロッパ、アジア・オセアニアの3か所に地域協会がある。会員は世界約75か国から約280団体、日本ではJA共済連、全労済、コープ共済連をはじめとする10団体が会員となっている。

今回の寄稿では、「貧困脱却に向けた最近の世界の動向」「ICMIFのマイクロ・インシュアランス普及活動」「アジアにおける取り組み事例」について、ご紹介させていただくこととした。「貧困脱却に向けた最近の世界の動向」については、2017年8月にJICA(国際協力機構:Japan International Cooperation Agency)が開催した「金融包摂と貧困削減」コースで受講した内容を一部記載させていただいている。

 

2. 貧困脱却に向けた最近の世界の動向

2015年9月、国連加盟団体によって、より豊かで包括的であり、かつ持続可能でレジリエント(強靭)な世界を実現するための新しい「持続可能な開発目標」(Sustainable Development Goals:以下、SDGs)が採択された。

SDGsには17の目標があるが、目標1が「NO POVERTY:貧困をなくそう」である。貧困層の家計の特徴には、①収入の低さ、②収入の不安定さと予測不可能性、③資産形成の低さ、④自然災害や家族の病気などの外的ショックへの脆弱性、⑤葬式や結婚などの支出が家計に対して非常に大きな負担となることなどがある。そのなかで、多くの貧困層は家計のやりくりに必要な金融サービスを銀行ではなく、インフォーマルな仕組みに依存しているのが実態である。貧困階層ピラミッドにおいて1日2米ドル以下で生活する脆弱層は世界で21億人(世界銀行(poverty overview 2015)発表)と推定されている。世界のあらゆる地域における貧困をなくすために、「全ての人々が、適切な価格で簡便に、また尊厳を持って質のよい金融サービスにアクセスし、利用できるようになること(以下、金融包摂)」の推進が重要な役割を果たすと考えられている。

2009年に金融包摂がG20で取り上げられた後、2012年までに50か国以上の国々が国家政策として金融包摂の推進を掲げ、2013年10月には、世界銀行グループにより「2020年までにすべての人々が金融サービスを受けられる状態にする」というビジョンが発表された。G7においても、2020年までに気候変動リスクのカバーを低所得者層に拡充し、1億人に普及させることを提唱した。こうした課題に対して国連は、IDF(Insurance Development Forum: 保険開発フォーラム)に保険業界の大黒柱としての役割を求めた。IDFとは、保険業界が主導し、国連機関が支援する公・私的パートナーシップのことで、世界銀行が事務局を担当し、2016年に国連、世界銀行、保険業界の指導者によって正式に活動を開始した。IDFは、災害やそれに伴う経済的ショックによって脆弱となった人々・地域社会・企業・公共機関に対して、より高い回復力と保護を構築するために、保険とリスク管理機能を最適化し、保険を普及することを目指している。IDFの最高意思決定機関である運営委員会にはICMIF会員団体も参加しており、IDFのマイクロ・インシュアランス作業部会では、ICMIF事務局長が共同議長を担って
いる。
※ 1950年代から最近までの金融包摂、マイクロ・ファイナンスに関する流れは、表1参照。

表1:金融包摂、マイクロ・ファイナンスに関する過去からの最近までの流れ
年代 内   容 事例等
1950
1960
・新しく独立した諸国支援のため、国営開発銀行・農業金融機関・協同組合により農業融資が開始された。
・ただし、大規模農家が優遇され、本来必要とされる小規模農家には浸透しないなど、課題が多く残った。
フィリピンのランドバンクによって農業・漁業への融資を開始
 1970  零細事業者向けのマイクロ・クレジット(以下、MC)が出現し、世界各地で「総合農村開発計画」が実施され、小規模信用プログラムが導入された。  農村開発NGOのBRACがムハマド・ユヌス氏(グラミン銀行の創始者)と農村の貧困層 向けのMCを開始
1980 MCの手法が改良された。
・収益性を確保したマイクロ・ファイナンス(以下、MF)機関の登場により、MFの市場が拡大した。
バングラディッシュにMC専門銀行であるグラミン銀行が 創設
 1990 MCの融資だけではなく、預金や出稼ぎからの送金、小規模な設備のリース、生命保険など幅広い金融サービスが必要という考え方が広まり、マイクロ・インシュアランス(以下、MI)も含めた包括的なMFへ移行した。
・現在でも有名なMF専門機関やMF専門銀行が設立された。
・1995年に途上国の貧困層への金融アクセスの確保を目指して、世界銀行内にCGAP(Consultative Group to Assist the Poor)が設立された。
・ボリビアのソリダリオ銀行、フィリピンのCARD銀行、ケニアのK-REP銀行等のMF専門銀行が設立
・各地でMI専門組織も設立
 2000 ・MFが広く認知され、民間の銀行や投資会社の参入が活発した。
・2004年の主要先進国によるサミット(G8)では、財務持続性に配慮したMFの主要原則が採択された。
・2006年にCGAPは包括的金融システム(Inclusive Financial System)の考え方を発表し、「全ての人々に金融を」(Finance for All)が始まり、現在の金融包摂へと発展していった。
 MFを1989年に開始したスリランカのハットン銀行の収益性の高さが注目され、民間商業銀行がMFセクターに進出
2010 ・2013年10月には、世界銀行グループにより、「2020年までにすべての人々が金融サービスを受けられる状態にする」というビジョンが発表された。
・携帯電話の普及によるモバイルマネー口座が普及し、モバイルによる低コストでアクセスしやすい金融サービスが預金、融資、送金、支払、返済等から、モバイル決済システムによる電気や水等の供給システムの利用や保険の加入等にまで利用範囲が拡大した。
・ケニアでモバイルマネープログラム「M-Pesa」が普及し、送金事情に革新を起こした。
・モバイル決済を活用した「Pay-As-You-Go」と呼ばれる小口の支払やリースの仕組みが各地で導入された。

 

3. ICMIFのマイクロ・インシュアランス普及活動

マイクロ・インシュアランス(以下、MI)とは、様々な事業体によって、低所得者層に提供される小口で簡易的な保険のことであり、一般的に受け入れられている保険慣行に従って運営されるという定義が一般的である。

ICMIFにおける、協同組合・相互扶助に基づいた保険普及活動の歴史は長く、1960年代まで遡る。ICMIFでは、現在その活動の責任者にサビエ・パテル氏(Sabbir Patel: Senior Vice-President, Development)を置き、開発活動委員会という専門委員会を設けている。

ICMIFでは、貧困緩和のためには、利用者の価値を重視した協同組合・相互扶助の考えに基づいたMI事業の展開が必要だとし、2015年1月に「5-5-5戦略」の実施を決定した。この戦略では、保険の認知度向上活動と教育活動を通じて、今後年間につの新興市場において、保険に未加入の500万世帯(約2,500万人)にMIを普及させることを目的とした。この取り組みには、対象国としてフィリピン、インド、スリランカ、ケニア、コロンビアの5カ国が選定され、包摂的保険(すべての人が保険にアクセスできること)をキーワードに、自然災害や病気・ケガなどのリスクにより、貧困層や低所得層が困窮しないための施策として、世界のMI促進活動を牽引する重要な役割を担っている。

ICMIFのサビエ・パテル氏は、この取り組みは単なる数字の達成が目標ではなく、本質的な生活の質の向上にあるとよく語る。

同氏は、IDFのMI作業部会において、MIの成果を評価するためには、全体論的な考え方が必要だとし、「例えば、農業者が主たる地域では、その農業者が融資を受けられ、貯蓄や収益を最大限に活用することにより生産性を上げ、それにより収入を増やし、その結果として雇用を創造し、最終的にその地域の成長に繋がるものでなくてはならない。併せて、リスクへの対応も不可欠である。協同組合・相互扶助に基づいた保険は、家族の日々の生活(病気やケガ、家族の死亡など)に対するリスクを削減することができ、農業による所得の安定・拡大と一体化させることで貧困削減への対応能力を高めることができる。この考え方は、収入源となる産業は農業のみならず他の産業でも当てはめることが可能である。」旨のメッセージを世界の政策立案者たちに発信した。

(注) ICMIFの「5-5-5戦略」は、提供されている保険商品を補完する教育、能力強化、リスク削減戦略を通じて、保険の対象となる人口を拡大することを目指しています。

 

4. アジアにおける取り組み事例

ICMIFの「5-5-5戦略」に参加しているアジア地域の会員のうち、私が視察した2つの事例を紹介する。

(1) CARDグループ(フィリピン)

 ① 組織概要

CARD-MRI(The Center for Agriculture and Rural Development – Mutually Reinforcing Institutions)は、フィリピンの貧困を撲滅し、フィリピン人の生活を守るという目標を持つ機関で、1986年に社会開発基金として設立された。2016年5月現在は14の機関(MF専門機関、開発銀行、保険、社会開発事業機関等)によって、社会的・経済的に厳しい立場にあるフィリピンの女性や家庭の生活の質の改善に取り組んでいる。

 ② 歴史

1986年12月に、創設者であり現在も会長を務めるハイメ・アリストトゥル・アリップ博士(Dr. Jaime Aristotle B. Alip)が15人の農村開発実務家を率いて、The Center for Agriculture and Rural Development, Inc. (CARD, Inc. :農業・農村開発センター)という名でCARD-MRIの前身となる社会開発基金を設立した。

1989年には、MF専門銀行として有名なバングラディッシュのグラミン銀行の融資における連帯責任制度を模範とし、フィリピンの状況に合わせて改訂し実施した。その後、1990年にLandless People’sプログラムを開始した。

2012年7月には、フィリピン国家建設に貢献するような社会開発事業に取り組むビジョンにより、コミュニティ開発機関が設立され、教育、健康的な生活および環境に関するコミュニティベースの活動に統合された。

 ③ 保険事業

CARD-MBAは、CARD, Inc. の設立から8年後の1994年4月に設立。CARD-MRIによる融資利用者が万が一の際の弁済のための保険を提供することから始まった組織であり、信用生命保険のほか、生命保険、年金保険などを提供している。最近では、損害保険組織との事業提携によって、建物や自動車などの損害保険など幅広い包括的な保障の提供を行っている。

フィリピンの公的機関である保険委員会が発表したデータ(2017年第1四半期時点)によると、2,660万人の貧困層がMIに加入している。CARD-MBAは被保険者総数1,515万人(2017年11月時点)を有し、国内のMIの約60%をCARD-MBAによって提供しており、フィリピン最大のMI組織である。

 ④ 政府・規制当局への影響

貧困削減に向けたCARDグループの功績が称えられ、アジア版のノーベル賞として広く知られるラモン・マグサイサイ賞を2008年に受賞した。こうしたこともあり、フィリピン国内にMIのための相互扶助保険組合(MBA)が多く根付いてきた。

2006年までは無認可のため、消費者保護等の観点から懸念の声もあったMIであったが、政府から保険料や仕組み、契約書面などに対する通達が出されると、MIが契約者の実情にあったものへと整備され、信頼性が増してきた。

2010年には、政府がMIを推進奨励するとともに契約者保護方針を明確にし、MBAの設立要件や保険料・保険金額の設定、募集人資格など、適切な規制の導入を通じて活動を支援するようになった。以上のような背景と、仕組開発やサービスの提供において常に革新をすすめるCARD-MBAをリーダーに、フィリピンのMIは、大きく成長している。

 ⑤ 革新的で特徴的な取り組み

CARD-MBAの革新的で特徴的な取り組みは、以下の3点である。

ア. 女性による女性のための組織

組織自体が、厳しい環境に置かれた女性や家族の生活を守るために設立された組織であり、CEOのメイ・ダワト 氏(May S. Dawat)をはじめ役職員の90%以上が女性である。また、役職員の年齢層は若い。

イ. 会員への教育

地区ごとに、センターミーティングという名の小規模な会員集会を、会員の家やガレージなどを借りて定期的に実施している。センターミーティングでは、会員・職員による宣誓文の斉唱、CARDグループが提供する様々なサービス(融資の返済や貯蓄、保険の加入、保険料の支払など)の手続き、また、金融やビジネスの知識、健康・生活における様々なリスクとその対策、災害対策などを学ぶ場として活用されている。更に、会員としての自覚を高め、会員一人ひとりに不正を許さないといった意識を醸成させ、会員間の連帯意識を深め、信義誠実などの道徳観を教育する場となっている。

写真1:センターミーティングの風景(CARD)
写真1:センターミーティングの風景(CARD)

ウ. 早期の保険金支払

最貧層の人々が不幸な出来事に直面した場合に、必要な資金を確実に確保することを使命としている組織であり、そのためには早期の保険金支払が重要と位置づけている。2013年の台風ハイヤン(30号)においては、保険金請求に関する「1-3-5」戦略(支払が日、日または日以内に完了する戦略)の実行により、早期に保険金が支払われた実績がある(支払対象の95%が1-3-5の目標の中で支払われた)。

2017年にはこれを改善し、メンバーからの保険金請求に対し、 時間から24 時間以内に支払うことを目指した新戦略「8-24」を発表し、実行している。

(2) サナサ(スリランカ)

 ① 組織概要

スリランカの協同組合運動は1906年に始まった。サナサ(シンハラ語で「貯蓄・信用・協同組合」の意)は、ソサエティ(基盤となる単位組織)の振興を通じ、全ての人々が経済的に自立して暮らせる市民社会の実現を目指して様々な分野(銀行、保険、教育、地域開発(建設))で活動を展開しており、現在は約8,000のソサエティが加盟、約100万人が会員となるサナサ連合に成長した(組織構成:村レベル8,023団体、県レベル:48団体、全国統括1団体)。

ソサエティは農村が中心で、多くは600名程度の小規模な団体である。

写真2:ソサエティの事務所風景(サナサ)
写真2:ソサエティの事務所風景(サナサ)

  ② 歴史等

1970年代終わりに、スリランカが閉鎖経済から開放経済に舵をきったことを機に、開放経済の恩恵を受けない貧しい農民や低所得層に対する国際的な調査がスリランカで行われた。その調査にサナサ連合の現在の会長であるP. A. キリワンデニヤ博士(Dr. P. A. Kiriwandeniya)も参加した。調査では、公的サービスが十分に行き届かない分野や地域では、協同組合を発展させることが有効な方策であるという結論に至り、キリワンデニヤ博士自らが協同組合を通じた村落開発活動を始めることにした。

1978年に県レベルのサナサ連合が誕生し、1980年にサナサ連合の全国統括が設置された。マイクロ・ファイナンス(以下、MF)事業では、1986年に銀行業務を開始、保険業務はやや遅れて1992年の開始となった。協同組合の事業や各種サービスが認められ、2000年に政府の国家開発パートナーに位置づけられた。

新たな取り組みとして、地域開発事業(建設)が加わった。これによって、雇用の場をつくり、これまで病院がない地域に病院等が建設され、住民の生活の質が改善され、開発事業で得られた収益は地域に還元され、村レベルでの包括的な貧困脱却が図られている。

サナサが掲げる最終目標、「Economic Justice(公平に経済を享受できること)をすべての人々に届けること」の達成に向けて特に重視していることは、「組織化(組織力の強化)」「教育」「主体的に経済活動を行うこと」の3点である。教育については、当初はキリワンデニヤ博士の自宅で始まった会員・職員向けの学びの場を、現 在では、広大なキャンパスを擁するサナサ大学に場を移し、大学の運営も会員自らによる自主運営ができるまでに至った。

 ③ 保険事業

MF事業には、融資、信用、保険事業があり、サナサ開発銀行とサナサ保険組織(生命、損害)等によって運営され、ソサエティで会員向けサービスを提供している。

サナサの保険事業は、1992年8月に村落レベルで葬儀費用をまかなう互助制度として発足し、行政では行き届かない分野をカバーするような形で、生命・年金付き生命・学資・信用生命(ローン対応型)・医療・火災・家畜保険を実施してきた。

キリワンデニヤ博士は、日頃から「備え」の重要性を会員に教育しており、会員の保険への興味に広がりをみせている。その中で、「子供への教育が、将来、国を豊かにする」といった考えも会員に教育しており、学資保険への関心が高い。また、公務員以外に公的年金制度がないスリランカでは、年金に対する人々の関心も高い。

最近では、極端な天候の変化による貧困を防ぐために、会員への天候に関する教育とあわせて、天候インデックスによる農業保険(表2参照)の提供を開始した。小口で手続きが簡易な保険であるMIはその必要性とともに全国に広がっている。

表2:天候インデックスによる農業保険の概要
 保険内容 天候の変動に対応した指標保険
 保障内容 天候に関する観測値を指標として、干ばつや洪水など降雨のパターンに極端な変化があった場合に、加入者に保険金が支払われる。
 対象農作物 紅茶とコメ
 普及上の工夫 ・会員教育(天候と農作物の関係性について興味・関心を増やす)
・モバイルによる契約申込
・速やかな支払
 今後の課題 ・ウエザー・ステーション(天候に関する観測施設)を増設し、データ収集・整備能力を高める。
・高度な専門技術により、天候インデックスと実際の被害の乖離を防ぐ分析モデルの精度を高めていく。
・対象農作物を増やす。

 

写真3:ウエザー・ステーション第1号 開設の除幕式(サナサ大学)、写真右:キ リワンデニヤ博士(サナサ)、中央:柳井 理事(JA共済連)
写真3:ウエザー・ステーション第1号開設の除幕式(於サナサ大)、写真右:キリワンデニヤ博士(サナサ)、中央:柳井理事(JA共済連)

 

 ④ 現代社会に適応した技術の活用

農村での活動を主体とした組織だが、現代社会に適応した技術を用いて、保険の普及・引受・支払・営業管理ができるよう日々改善を行っている。

最近の取組事例は以下のとおりである。

ア.  携帯端末に見積機能を搭載したことで、営業先での見積書の作成を可能にした。

イ. 「 イージーキャッシュ」システムの導入

スリランカ最大手の携帯電話会社と提携し、加入者が銀行や保険の店舗に行かなくても携帯電話によって支払ができる制度を導入した。

ウ. 営業部門に加入者の加入審査を判断する権限を付与

これにより、バックオフィスの要員を削減し、渉外に出られる体制が拡充した。

エ. 携帯電話アプリを活用した営業活動報告制度を導入

これにより、営業担当が、報告のためだけに営業先から事務所に戻ってくる時間を削減でき、より多くの営業活動や会員とのコミュニケーションに費やす時間が拡充した。

以上のように、サナサは全ての人々が経済的に自立して暮らせる市民社会の実現を目指して、公的サービスが得られない地域へのサービスを代行し、保険によるリスクへの備えの重要性を教育し、人々が金融にアクセスしやすい環境を確保することで、貧困削減に取り組んでいる。

(3) 2つの組織にみる共通点

2つの組織について紹介したが、この2つの組織に共通することは、地域住民を貧困から脱却させ、生活の質の向上を図りたいという強い意志と実行力のある強いリーダーがいることである。また、それぞれの組織には、商業的な金融サービスや政府等では手が届かないような貧困地域において、包括的な金融等の提供により、会員や地域住民の生活の質の向上を図るという使命がある。貧困を脱却した状況を維持・向上するために、人々への雇用の場の提供や自立のための育成支援、モラルの向上やリスクへの対応能力向上のための教育、そして、現代社会に適応した技術の導入により誰もが金融にアクセスしやすい環境整備等に尽力している。更に、事業によって得られた収益は地域社会へ還元することなどが、共通事項として挙げられる。

表3:2つの組織にみる共通点
項 目 CARD(フィリピン) サナサ(スリランカ)
組織形態 農業・農村開発のための社会開発基金として設立したMF組織 協同組合(村、県、全国)
グループ組織として開発銀行、保険組織、地域開発組織等がある
使命・目的 MFおよびコミュニティベースでの社会開発事業により社会的・経済的に厳しい立場にあるフィリピンの女性や家庭生活の質を改善すること 全ての人々が経済的に自立して暮らせる市民社会の実現を目指して、公的サービスが十分に行き届かない分野や地域に、協同組合を発展させること
組織のリーダー ハイメ・アリストトゥル・アリップ博士 P. A. キリワンデニヤ博士
サービス内容 MF(融資、貯蓄、保険)、
社会開発事業
MF(融資、貯蓄、保険)、
教育、地域開発(建設)
重要視していること 会員への教育(自立支援)
(センターミーティング等)
会員への教育(自立支援)
(サナサ大学)
常に改善・工夫していること 早期の保険金支払 最新技術を用いて、保険や各種サービスを高度化すること

 

5. むすびに

サービスが部分的でなく包括的であれば、利用者は効率的かつ効果的に生活の質の向上を図ることができる。このような観点から、MIは協同組合などによる包括的なサービスの1つとして機能することが、地域や住民を貧困から脱却させ、生活の質の向上を図ることの近道と考えられる。

2つの視察の中で、ICMIFのアジア・オセアニア協会会長でありJA共済連の理事長である勝瑞保氏(2016年8月当時、フィリピンのCARD視察)と柳井二三夫氏(2017年11月、スリランカのサナサ視察)から次のような印象的なコメントをいただいている。

「CARDのセンターミーティングの活動は、まさに協同組合運動の原点である。我々も同じようなことをやってきた。」

「サナサの活動は、かつての自分達の活動を思い出す。若い人達への協同組合運動に関する教育の重要性を改めて認識した。」

1970年代生まれの私にとっては、日本に農業協同組合が存在することは、ごく当然のことと思いがちだが、その背景には、現在のフィリピンやスリランカと同じように、人々の生活を良くしたいという先人の想いや知恵、そして努力があって、現在の充実した機能を有する組織となったことを、現在の自分の仕事を通じて実感する機会となった。

CARDやサナサのような組織が、より多くの人々の暮らしの質を変え、やがて日本の農業協同組合のような大きな組織となり、フィリピンやスリランカなど世界各地において貧困がなくなっているという状況が、近い将来、必ず来ると思う。そして、この到来時期がICMIFの5-5-5戦略をはじめとした我々の諸活動によって、少しでも早くなることを願う。

最後に、貧困脱却に向けた素晴らしい取り組みを紹介させていただく機会を与えてくださったJC総研ならびに執筆に あたりご協力をいただいた関係者の皆様 に感謝の意を表したい。

 

参考資料

  • JICA「金融包摂と貧困削減」コース(2017年8月)受講テキスト
  • World Bank(poverty overview 2015)(https://www. worldbank. org/en/topic/povety/overview)
  • 「ICMIF’s new development strategy will put the message of mutuality into microinsurance」『Voice82号』2015年5月発行, p. 16-17, ICMIF
  • 「ICMIF’s mutual microinsurance initiative will help provide protection from climate change risks」『Voice86号』2016年9月発行, p. 12-13, ICMIF
  • CARD-MRI(https://www. cardmri. com)
  • ICMIF(2018年1月18日付)CARD MBA in the Philippines launches new policy to pay claims in under 24 hours」(https://www. icmif. org/news/card-mbaphilippines-launches-new-policy-pay-claimsunder-24-hours)

 

《参考》

 ICA(国際協同組合同盟)
相互扶助と民主主義の精神のもと、世界の協同組合運動を発展させることを目的に活動している組織で、1895年にロンドンで設立されました。
2017年11月現在、世界105か国、304団体で構成されています。
組合員12億人を擁する世界最大のNGOとして、国連経済社会理事会の諮問機関であるほか、UNESCO、UNISEF、ILO、FAO等において欧州連合(EU)や国際赤十字社らとともに議案提案権を持つ団体に登録されています。
https://ica.coop/
ICMIF(国際協同組合保険連合)
ICAの専門機関の一つとして1922年に設立され、加盟団体への情報提供や各種サービスの提供を通じて、世界レベルでの協同組合保険・共済事業の発展に貢献しています。
2017年10月現在、世界75か国、280団体で構成されています。
https://www.icmif.org/
AOA: Asia and Oceania Association of the ICMIF(国際協同組合保険連合アジア・オセアニア協会)
1984年にICMIFの地域協会のひとつとして設立されたAOA(事務局:JA共済連)は、ICMIFのもとでアジア・オセアニア地域の協同組合保険運動の発展を支援するために活動している組織です。
2017年10月現在、AOAは14か国、49団体から構成されています。会長は柳井二三夫氏(JA共済連理事長)が務めています。
https://www.icmifasiaoceania.coop/jp/

筆者紹介

古和田 博子(こわだ・ひろこ)
明治大学政治経済学部卒業後、1992年に全国共済農業協同組合連合会入会。普及企画、推進インストラクター、引受・支払査定、再保険、協同組合組織の連携等を担当。2016年より同会総務部協同組合連携グループに配属となり、ICMIFアジア・オセアニア協会事務局長を兼務、現在に至る。

 

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